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石巻市で震災被災した菅原彩加の言葉がヤバい!今後の進路!

ジューミー3

東日本大震災時、石巻市で被災した菅原彩加さんが、本日、政府主催の追悼式で宮城県の遺族を代表して言葉を述べました。

場所は東京都千代田区の国立劇場。天皇皇后陛下もいらっしゃっていました。

菅原彩加さんは、震災後、ビヨンドトゥモロー高校留学プログラムでスイスのインターナショナル・ボーディング・スクールに留学していましたが、2014年春に卒業。

2015年4月より、慶應義塾大学総合政策部に進学予定です。

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菅原彩加さんは震災後の津波によって、母、祖母、曾祖母を失っています。被災経験を活かし、震災から6か月後には中国にて開催された夏季ダボス会議に参加して自身の経験を世界のリーダーに向けて伝えていました。⇒菅原彩加さんの体験談

将来は自分が受けて来た支援の恩返しのため、自身の経験を活かして親を失った子供を支援する仕事に就きたいと考えているそうです。

菅原彩加さんの業績!

菅原彩加さんは佐久間楓さんや佐藤慎さんと一緒に「記憶 3月11日」という冊子を作成しています。この冊子は東日本大震災を体験した人達の生の声を収録した冊子です。

この冊子の目的は、全国の人々や次世代に津波や地震の恐ろしさを伝え、防災について真剣に考える機会を与える事。数的なデータではなく、実際に2011年3月11日に被災した東北の人達の体験談を収録しています。

冊子の作成から発行までを学生主体で行っています。

菅原彩加さんの言葉がヤバい!

追悼の言葉での菅原彩加さんの体験談が実に生々しいのです。リアルなのです。例えば以下の言葉はショックでした。

(母は)右足が挟まって抜けず、瓦礫をよけようと頑張りましたが私一人にはどうにもならないほどの重さ、大きさでした。母のことを助けたいけれど、ここに居たら私も流されて死んでしまう。「行かないで」という母に私は「ありがとう、大好きだよ」と伝え、近くにあった小学校へと泳いで渡り、一夜を明かしました。

自分の母親を見捨てて逃げた事を批難する人もいます。しかし、正しい判断だったと言う人もいます。

助けようとしていたら2人とも死んでいたかもしれません。私には菅原彩加さんを批難する事はできません。きれいごとではなく、現実を語る菅原彩加さんの言葉に私は何か目からうろこのような感覚を味わいました。

上手く表現できませんが、これが大震災時の現実なんだという事を金槌で頭を殴られるかのように教えられた気がしたのです。

味わった事のない大地震に対するリアルな感覚を仮想的に味わったと言うか、そういう感じです。日本は常日頃からもっと防災訓練をしておくべきだなと強く思いました。

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この記事へのコメントが1件あります。

  1. 名無しのノラ より

    この話が他サイトで疑問がもたれているで
    あります。矛盾多数あり。

ジューミー3
2015年3月11日 2015-03-11更新 by Jeumy

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